戦後短篇小説再発見1 青春の光と影

戦後短篇小説再発見1 青春の光と影 (講談社文芸文庫)

戦後短篇小説再発見1 青春の光と影 (講談社文芸文庫)

このシリーズは全10巻でそれぞれテーマを決めて集められています。「青春と光と影」の中には太宰治 石原慎太郎 大江健三郎 三島由紀夫 小川国夫(1927-2008 4/8ご冥福をお祈りします)田中康夫などがおさめられています。三島の「雨のなかの噴水」はおやっと思うものでした。「これまであまり知られることのなかった名作を選び出す」ということで集められてもいるようです。

「雨のなかの噴水」は1963年に発表され,この年には「午後の曳航」文学座問題などがあったときでもあります。三島独特の修辞表現がやはり鼻につきます。「弓から放たれた矢のように一直線に的をめがけて天翔ける,世界中でももっとも英雄的な,もっとも光り輝く言葉」それが男が女に対して言う「別れよう!」という言葉。そうかなあ?そういう例えて思うものかなあ?それでもこの言葉はこの短篇のキーワードで,最期のどんでん返しまで引き続きます。これを言うために女と付き合い,愛し,口説き,寝る。そして準備万端になってやおら「別れよう!」と言うときを待つ。女が長く泣き続けるので噴水の水と涙を対決させてやろうと考え公園へ連れ出す。そして改めて「分かれよう!」と言うが女は初めて「へえ,そう言ったの?きこえなかったわ」と返事し,男は「衝撃で倒れそうになる」この逆説を言わんがための前置きだったのです。いかにも「あまり知られていなかった名作」であるかもしれませんが,三島らしい作品と言えいえばそうであるかもしれません。

丸山健二の「バス停」は見事な短篇だと思います。一読後「欲望という名の電車」に似てるなと思いました。ブランチと思われる「あたし」は都会暮らしから母のいる村に帰ってきたがあまりにも変わっていなく,退屈な村から早く帰ろうとします。村のみんなは「垢抜けした」と言ってくれます。都会の話は山ほどあるのだが,この土地では去年の山火事のことばかり話題になる。昔のデパートの売り子をまだ続けていると信じている。今の仕事を聞こうとはしない,風俗店で働いているのは間違いないようだ。

帰るためにバス停に母と一緒に時間とおりに来ないバスを待つ。そこを通った車の男が乗せてくれると言うが「普通の女を見る眼つきではない」男の申し出を断る。いらだったあたしは今まで我慢していたたばこに高価なライターで火をつけた,母親はびっくする。お小遣いをあげて,母はそれを地下足袋の底にしまいこんだ,その瞬間にあたしは初めて母の老け込みに気づく,「冬の草のようにぐったりなって」いる母。やっとバスに乗り,手を振ってくれる母に,窓からまた1枚の札をなげる,土埃と一緒に飛んでいくがあたしは二度と母の方を向かなかった。映画,ドラマのシーンのように心に残る場面です