戦後短篇小説再発見5 

戦後短篇小説再発見5 生と死の光景 (講談社文芸文庫)

戦後短篇小説再発見5 生と死の光景 (講談社文芸文庫)

「ヒカダの記憶」三浦哲郎 はこのシリーズの「生と死の光景」という副題にぴったりの作品ではないでしょうか。まず「ヒカダ」という言葉ですが,東北地方では冬の季節には堀炬燵に炭火を入れて暖をとるため,繰り返して出入りすると,脛の前面が炭火に焙られ跡が茶色になって浮かびあがるのだそうです。特にズボンをはかない女性に多く残るものだというのです。「私」は小さいころからおふくろといっしょに風呂に入るので脛の「ヒカダ」で誰だかすぐに分かる。若い女性でも着物姿で歩いていても「おらは知ってらえ」という気持ちになるのです。

あるとき昔からお世話になっている助産婦と話す機会があった。「私」はおふくろが堕胎を頼んだが,助産婦が産むことを進めて生まれた子供だったと話してくれた。そしてヒカダの話になり,助産婦もよくおふくろのヒカダを覚えていた。子供を産むときありったけの力で力むので腿の内側からふくらはぎにかけてぽおっと赤く汗ばみ,そのときのヒカダが綺麗なんだそうです。おふくろさんが亡くなって,遺体に着物の装束を着せてやっているとき裾がすべって片方の脛があらわになった。葬儀屋にちょっと声をかけ,遺体の足許にしゃがんでやせ細ったおふくろの脛に見覚えのあるヒカダを見た。「私は不意の悲しみに打たれて立ち上がった」そして「これでヒカダが消える,おふくろと一緒にヒカダも消える」と思った。

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