12月14日 赤穂浪士討ち入り

この14日は赤穂浪士が吉良邸に討ち入りした日です。元禄15年(1702年)いまから300年も前の話ですが,暮れともなるとTVや映画等で繰り返し放映されます。人形浄瑠璃,歌舞伎でも「仮名手本忠臣蔵」は幾度となく上演されました。江戸時代を語るには避けて通れない事件,作品です。この日,吉良邸の討ち入り後,引き上げの途中で休息したと言われる所が江東区にあります。永代橋手前「ちくま味噌」の入り口のところに碑が立っています。「赤穂浪士休息の地」。碑文によれば討ち入りを遂げた義士たちが永代橋へ差し掛かったときちょうど乳熊屋味噌店は上棟の日で店主が一同を店に招きいれ甘酒を振舞ったと言います。赤穂浪士の一人で俳人としても有名な大高滞吾はちくま味噌初代の竹口作兵衛と其角門下の友であったとも言われています。


現在でも,14日は無料で甘酒が振舞われるのを知り,そのときの赤穂浪士たちに思いをはせたく行ってしまいました。確かに無料で振舞ってくれるビルがありました,甘酒と思いきやお汁粉でおかしいなと思ったら「ちくま味噌」ビルはお隣,すでに出店は閉まっていました。残念!浅はか!少し体が温かくなって永代橋を渡りました。300年前はこのような橋,風景ではなかったのでしょうが橋を渡たり,そして泉岳寺へと向かったのは事実なのです。空には月が出ていて,遠くには高層ビル群が見えていて,時空を超えて義士たちの足音が聞こえた気がしました。