阿修羅展 上野 東京国立博物館

阿修羅

国宝の阿修羅が半世紀ぶりの東京で展示されています。(3/31-6/7)すでに5/14で50万人(朝日新聞)の入場者があったとのことです。阿修羅のあの憂いを持った面影とそのかわいらしさから,いかなる年代の人々をも魅了しているのと,それに新聞そのほかのメディアでの宣伝も労をこうしているのでしょう。比較的すいているであろうと思われる,金曜日の夜に行ったのですが,すでに長蛇の列。30−40分待ちだというのです。東京国立博物館はダ・ビンチの「受胎告知」以来でしたが,荘厳な雰囲気,展示品の格調からいって,ここ以外は考えられないのでしょうが,観る人のことをもう少し考えた展示もあってもいいのではと思いました。確かに奈良興福寺では阿修羅の裏側までは観ることはできないでしょう。じっくりと360度の角度からはまず鑑賞できないとは思いますが,1階2階の階段を設けてはありますが,人々が多すぎて,動かないので傍まで近寄れません。時計方向に回ってくださいのアナウンスも全然役にたたない,あの場で大きなアナウンスも鑑賞の妨げになる,などすべては大人数の人が詰め込まれたせいでしょう。

阿修羅とともに「十大弟子」「八部衆」も展示してありましたが,それぞれの表情,手の構えなど動きがあります。以前紹介しました「日本美術傑作の見方感じ方 田中英道 」でも「ひとりとして同じ表情はなく,深い悲しみを感じます。ヨーロッパ的な感情を押し殺したギリシャ的な静謐さとの差」をこれらでも感じます。1体1体を観るほどに惹かれていきます。温和な顔や,悲しみをたたえた顔,怒りの顔。その心の奥にあるものを想像させずにはいられません。会場の終わりに,映像にて再現される中金堂と阿修羅の接写画像などが写されていました。特殊加工(レーザー光で3次元計測した画像)の画像で阿修羅の目じりは涙ぐんでいるとの説明がありましたが,あれはどうかなと思いました。1300年の時空を越した世界を脳裏に残し,最近(5/11)世界遺産候補リストから,延期先送りされたル・コルビュジェ(1887−1965)作の国立西洋美術館を見ながら上野の森を後にしました。

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